親父

 

 

 

 

 

映画 「ひろしま」 と父・小林 大平

原爆ドームと星空

映画ひろしま 朝日新聞 広島映画祭

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 ヒロシマ平和映画祭の開催を心からお祝い申し上げます、また開催し継続している関係者の皆様の努力に敬意を表します。

 この度、映画『ひろしま』が上映とのこと、『ひろしま』のチーフ助監督として従事した父は現在元気ですが、哀しい事に認知症を病み記憶も定かではありません。私が子供の頃から聞いていた話等をここで書かせていただこうと思います。

 父は昭和二十一年から始まった東宝争議で他の映画人と共に東宝を去りました。
 当時、演出部に属し故山本嘉次郎監督の元、兄弟子黒澤明・谷口千吉を兄弟子にもって争議前・争議中は大いにチーフ監督して砧撮影所やロケ地で動き回っていた。数々の名監督の下、シナリオのあり方、監督とは何か等と学んでいったことと思います。
 
  東宝争議のことは映画『ひろしま』のプロデューサーであり故伊藤武郎氏の子息、伊藤昌洋氏が書かれた『映画少年』 作品社を読むと大変よく判るし、争議後当時の映画人が恵まれない環境の中で、情熱を傾け、すさまじいほどの生き様で生きながら独立映画の名作を作って行った様子が判ります。黒澤さんがこの争議を表して「日本映画はこれで50年遅れる」と言ったと聞いています。東宝を去った衣笠貞之助、山本嘉次郎、五所平之助、成瀬巳喜男、豊田四郎、山本薩夫、亀井文夫、黒澤明、今井正、関川秀雄など十名を超える監督とともに多くのスタッフも去っていきました。それぞれ独立映画が生まれ、各監督の下、情熱の結集としてまたメッセージとして多くの名作が生まれていきました。

 関川秀雄監督についていた父は『混血児』という作品に従事し、今回上映される『億万長者』(監督・市川昆)等もチーフ助監督として従事し、そして『ひろしま』へとつながっていきます。当時、父は広島出身の母と離婚してこの地で長期ロケしたのは複雑な心境でしたでしょう。多くの映画人が争議が原因で離婚したようです。

原爆図2
原爆図1
   しかし、この大作は意義のあるまた後世に残すという情熱で皆が一丸となって撮っていた作品と聞いてます。チーフ助監督は作品のスケジュール・俳優の押さえ、また監督が演出上困った時等の相談役としての役割をします。この『ひろしま』は大作がゆえ別班をたて父も何シーンかを関川監督に代わって撮ったそうです。カメラマンも多く当時としては数台で撮ったと聞いてます。私も後に映画人になりこのスタッフの人達にずいぶん学んだものです。

 一昨年、東京有楽町の「夢」という喫茶店に入りました、月丘夢路さんの店でした。たまたまマネージャーがいらしたので『ひろしま』の話をしたら衣装をまだ残していらっしゃるということを聞きこの作品への思いの深さに感動したものです。
  月丘さんは広島ご出身とは知ってましたが・・・

月岡夢路

 先日亡くなった熊井啓監督も信州大学から広島のロケ地に関川秀雄監督を訪ね、新米助監督として父の下、映画人生をスタートしました。


 その後、父は各映画会社の脚本を書きながら映画人生を送り、高倉健さんも父の脚本が第一回作品(電光空手打ち)です。そして子供たちに夢をと教育映画に活路を開いていきました。
 父と共に作った二本の児童映画『翔べオオムラサキ』(府中市が舞台)は自然保護の先駆けになりオオムラサキの日本各地での復活につながりました。また、『黒潮物語』は映画の通りに発展してメッセージ(平和・友情・自然保護)をテーマに世界へと発しています。

空手打ち 大ムラサキ 黒潮物語

 父に『ヒロシマ平和映画祭』の話をし『ひろしま』を話をするとおぼろげな記憶の糸をたどりよせているのでしょうか、かすかな記憶のなかに真夏の広島の幻影を見ているように虚空を眺めながら一筋の涙が流れていました。
 
  この作品に思いをかけたスタッフ・出演者・そして協力支援した広島の方々の平和へのメッセージとなっている『ひろしま』が永遠に上映されることを願ってやみません。

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奇しくも今日(7/21)は父の90歳の誕生日です。

精霊流し

  

 

 

    映画プロデューサー・映像監督
    『黒潮物語』元気な子の会 代表
    http://www.kuroshio-bottle.org/index.html

                        小林 一平


映画 『ひろしま』

 八木保太郎の脚本   監督 関川秀雄

  世界の秘宝と言えるだろう
  悲しいことだけど・・・
  人類の一番愚かな記録 そしてその瞬間から人間復活を願った作品である


僕が最初にこの映画に出逢ったのは父のアルバムの中にあった大量のスチール写真だった

そして、大学の時始めてこの巨編を観たのだが・・・びっくりとしか表現できないものだったしかし、映画人になりこの映画を再び見た時には、驚愕とこの映画に込められたメッセージに感動したものだ。

あの物の無い時代にあれだけの撮影をし、そしてこの映画を作るために全国の教師達が資金を出して後世に残ることを願った。

どうして、もっと公開されないのだろう・・・
もっと言えば知らない人が多いのに驚いた。
何時か僕の手で上映しようと考えていた。  

一昨年広島に行き原爆ドームを見た時、周りの風景に埋没しかけていることに驚いた。
そして相生橋の袂にある鈴木三重吉氏の碑文に強く心が打たれた。

川越し原爆ドーム 相生橋 鈴木三重吉碑
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   この映画こそ上映して見た方の心のメッセージを集めて反核・核廃絶の道に
    しないといけないとまたこの作品に関った多くの映画人の映画魂もきっとそう
   思っていることだろうと・・・
   
    父も関川監督の元、若き情熱を燃やしたはずだ。

昨年の秋、広島横川町の横川シネマで上映し沢山の生の声のメッセージを頂いた。それは本当に真実の声であった。被爆者の人、この映画に幼い頃出た人、そして戦争を知らない戦後生まれの人達。

http://www.kuroshio-bottle.org/ivent-news-hiro-junl.html
 
この作品を見れば戦争とまた核兵器・・・それを使う人間の愚かさを知る。
この事から映画・魂のコンサート『ムシカ』の企画と制作意欲が生まれてきたのだ。

今年の春、バラク・オバマ氏はアメリカ大統領としてまた原爆を落とした国家の代表として人間として核廃絶をチエコ・プラハで宣言した。この正義に世界の人々は感動し希望を持ったことだろう。共通の目的を持てた。その意味で大統領に手紙を送った。

   この映画「ひろしま」を世界で上映しこの人間の起こした悲劇、そしてその事から
   の人間復活を成し遂げてこそ多くの尊い命を無くした人々への鎮魂であり、また
   反戦・反核・平和を願った先人達への賛辞と敬意だ。

        先ず、日本から見せて行かなければ行けない!!
       それが僕等人間としての仕事だ。
                                          

                                            小林 一平